リスクマネジメントのお勧め

リスクとはどういうこと?

 Riskという言葉は、上田和勇氏によれば、「ラテン語のRisicareつまり『岩山の間を船が航海する』という用語にその由来がある。」
 船が岩山に衝突して、目的地にたどり着けないという可能性や、たどり着けなくする要因のことを、リスクと呼ぶようになった。

リスクマネジメントとは?

 「航海では、船舶が、目的地への、安全で、定時の到着に向けて、嵐・波・台風などの外部環境変化のなかで、船員の能力、行動、士気などの内部環境の影響を受けて、いかに船長のリーダーシップのもと、揺れる船体のバランスを、バラストキール(Ballast Keel、安全装置)で保ちつつ、内部資源を活用して、目的地に効率的に到達するかが、重要問題である。」という。
 これを、企業経営に当てはめてみると、「企業経営全体が、企業目標の達成に向けて、規制・競争・消費者動向・サプライチェーンなどの外部環境変化のなかで、マーケティング・経営・統制などの内部環境の影響を受けながら、いかに、企業トップのリーダーシップのもと、有形資産や無形資産を活用して、企業価値を向上させるかが重要問題である。」といえる。
 企業資源には、有形(土地、設備、金融資産)なものと、無形なものがある。
 近年では、無形資産、特に知的資産(評判、ブランド力、信頼、イノベーション、ビジネスモデル、企業文化、企業理念、倫理観など)や、知的財産(特許権、商標など)の重要性が高まっている。

どんなリスクがあるの?

では、具体的に、どんなリスクがあるのか?業種別にリスクの洗出しを試みたい。
例えば、「建設業」を取り巻く主なリスクは、以下のように51項目の想定ができる。

直接業務のリスク間接業務のリスク外部環境のリスク経営プロセスのリスク
火災・爆発不法投棄・違法処理反社会的勢力経営者の疾病・死傷
商品・技術開発などの遅延資金繰りの悪化・支払遅延地震・津波協力会社の倒産
経審評価悪化などによる 入札資格喪失関係者の不祥事放火マーケティングの失敗
法規制の変更・強化横領・背任強風・竜巻人事制度対応遅れ
施行物の倒壊・破損税申告漏れ・税法認識違い落雷 
取引先の不祥事建設関連業法違反原材料の高騰・供給量低下 
施行物の瑕疵情報管理不備台風・集中豪雨 
貸倒れ労働災害不動産価格変動 
輸送・保管中の損傷事故精神的疾病金利高騰 
顧客対応不備情報システム破壊テロ 
事務処理ミス通信システム断絶景気低迷・競争激化 
 贈収賄公共投資の縮小 
 感染症・疾病詐欺 
 離職率の上昇採用困難 
 談合・カルテル燃料高騰・供給量低下 
 日照権・騒音クレーム盗難 
 人権問題        (セクハラ・パワハラ)風評によるイメージ低下 
 情報システムの外部攻撃  
 違法残業  



 直接業務のリスクに、「価値を具体的に創造する直接業務の遂行に伴うリスク」として、11項目を。


 次に、間接業務のリスクに、「直接業務を支援する法務、人事、総務、経理、財務等の間接業務の遂行に関わるリスク(支援プロセスリスク)」として、19項目を。


 外部環境のリスクには、「事業を取巻く外的要因に起因して発生するリスク」として、17項目を。


 経営プロセスのリスクには、「企業経営の計画・遂行に伴って発生するリスク」として、4項目を想定した。

リスクが顕在化すると、どんな影響があるか?

現実性のある想定シナリオ中で最悪の事例とし、「建設現場で建材からの出火や、燃料への引火がおこり、施工中の物件が焼損するとともに、従業員や顧客が死傷した」と想定してみた。

  • リスクの損害規模は、どのくらい?

損害規模の目安として、レベル「1」を「会社の利益や資産に全く影響がない」、レベル「2」を「会社の利益や資産にほとんど影響がない」、レベル「3」を「若干の利益減や資産損等が生じる」、レベル「4」を「かなりの利益減や資産損失等が生じる」、レベル「5」を「利益減や資産損失の多大な損害が生じる」、レベル「6」を「赤字や資産滅失の甚大な損害が生じる」、レベル「7」を「会社存続を脅かす致命的な損害が生じる」と、想定する。
「直接業務の火災・爆発」は、レベル「6」の「赤字や資産減失の甚大な損害が生じる」に該当することになる。

  • リスクの発生頻度は?

発生頻度は、再現期間の目安を、○年に一回発生とする。
ランク「1」は「100年超(ほぼ起こり得ない)」、ランク「2」は「30年超100年以下」、ランク「3」は「20年超30年以下」、ランク「4」は「10年超20年以下」、ランク「5」は「5年超10年以下」、ランク「6」は「1年超5年以下」、ランク「7」は「1年以下(よく起こる)」とする。
「直接業務の火災・爆発」は、ランク「2」の「30年超100年以下」に発生すると想定できる。

  • リスクをマップ化すると

 「建設業」を取り巻く主なリスクを、リスクの損害規模、リスクの発生頻度の視点から整理すると、以下のようにマップ化できる。

リスクはコントロールできるか?

こうして、建設業を取巻く主なリスクをリスクマップで可視化し、その対策を検討する。リスクをコントロールする=リスクマネジメントの作業となる。
リスクマネジメントの基本的な流れは、①リスクの洗い出し。→②リスクの算定・分析・評価。→③優先順位の決定。→④リスク対策の決定をし、リスクコントロール(危険制御)と、リスクファイナンス(財務的対処)とを組み合わせ、最小のコストで、損失の最小化を図る。

一般的な対策として、
□消火設備の維持管理
□危険物・可燃物の管理
□建物管理(防火区画管理など)
□防災訓練の実施(避難訓練、消火訓練など)
□防災調査の活用
を考慮する。

リスクファイナンスとしては、
□建設工事保険
□組立保険
□労働災害総合保険
□事業活動総合保険
□請負業者賠償責任保険
の加入を検討する。

リスク管理のお勧め!

企業リスク管理アドバイザーの仕事
① 表面には表れず、内に潜んで存在する潜在リスクを、はっきりと見分け、判断(認識)させる。
② 「リスクとは何か?」を、十分に、内容、意味などがわかる(理解する)ようにさせる。

調査にみる中小企業の価値向上のための問題点とチャンスの発見!

リスク最適化経営は、企業リスクをコントロールし、事業に必要な資金を調達すること。言いかえると、企業にとって困ること、直面している問題点を見つけ、そのマイナス影響を最小化すると同時に、今後、どういうチャンスを現実のものにし、リターンを得るようにするかということであり、これを現実の経営の中で、実現することである。
東京商工会議所中小企業委員会の「中小企業の経営課題に関するアンケート」(2007年3月、229社の回答、調査対象企業1,279社回収率23.4%)によると、

直面している問題点は、


               競争力  →  ①同業者との競争激化    (42%)
               競争力  →  ②販売価格の低下      (37%)
               外部環境 →  ③需要の低迷         (34%)
               人的資源 →  ④従業員の確保難      (31%)



リスクの最小化を図りたい。

今後重視する経営課題は、


               人的資源 →  ①人材の育成確保      (56%)
               競争力  →  ②マーケティング、販路開拓 (40%)  
               競争力  →  ③新技術(商品)の研究開発 (32%)
               人的資源 →  ④後継者の育成       (23%)である。

どういう企業になりたいか?


               人的資源 →  ①従業員が働き甲斐のある企業(78%)
               経済的、競争的要因→②収益性の高い企業    (65%)
               社会的要因→  ③地域社会に貢献できる企業 (44%)



チャンスの最大化を目指したい。

今後どういう企業になりたいかという点では、人的資源にかかわる働きがい要因が断トツで、企業の78%が目指している。それと同時に、収益性も当然のこととして第2位となっている。

※こうした意思決定プロセスが、実効性をもつためには、それを支える組織体制が整備されている必要がある。
 全社的な観点から、リスクマネジメントを実施するためには、組織横断的なコミュニケ―ションが不可欠となる。
 リスク管理アドバイザーという専門職の設置を、お勧めします。

参考文献
指田朝久著(2022)『リスクマネジメントと危機管理ガイドブック』同文館出版株式会社
上田和勇著(2016)『事例で学ぶリスクマネジメント入門』同文館出版株式会社
内田知男著(2011)『リスクマネジメントの実務』株式会社中央経済社
小林誠著(2011)『リスクマネジメントQ&A100』日刊工業新聞社
柳瀬典由/石坂元一/山﨑尚志著2019『リスクマネジメント』株式会社中央経済社
荻原勝著(2007)『危機管理リスクマネジメント規定全集』株式会社中央経済社